過酷な歴史の中で生まれた唄と踊り

江州音頭発祥地である滋賀県犬上郡豊郷町は、高宮と愛知川の宿場町を結ぶ「中山道」を中心にして、東西に街並みが広がっています。

豊かな自然の中に寺院や社、城郭などが築かれてきましたが、戦国時代に入ってからは、豊郷も戦場となり、多くの寺や民家がことごとく焼き尽くされてしまいました。
そんな時代の中でも、この地の人々は、持ち前の根強さと明るい気風を発揮し、華やかで陽気な唄と踊りの『江州音頭』を編み出したのでした。

江州音頭発祥の由来

豊郷町下枝地区に「観音堂」と呼ばれている寺があります。
『江州音頭』の誕生には、この寺と住職、そして近江商人が深く関係しています。
また、今日まで郷土芸能として受け継がれ続けているのは、それが当地に住む村人の「力の源」でもあったからです。

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通称「観音堂」と呼ばれているのがこの寺で、何度かの災難により焼失しましたが、その度に再建されてきた「千樹寺」。古例に従い、毎年8月17日(旧暦 7月17日)に千樹寺境内にて行われていた「観音盆」。
近年になってからも近隣の人々や江州音頭に携わる人々の訪問が絶えず、まるでこの地を支え見守るかのように静かに立ち続けています。

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豊会館( 又十屋敷 )

今から約200年前の江戸時代幕末の頃、一人の青年が北海道に渡りました。
その青年の名は藤野喜兵衛といい、江州音頭の由来に登場する天正十四年千樹寺再建に尽力した藤野太郎右ェ門の子孫であり、また弘化年間に千樹寺を再建した四郎兵衛の父にあたります。

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豊栄のさと

江州音頭発祥の地の豊郷にふさわしく、扇踊りの「扇」をイメージしたデザインの総合施設です。

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